知り合いの話。
気心の知れたキャンプ仲間で、
山小屋に泊まった夜のこと。
彼女を除いたメンバー皆が、
そこの常連だったらしい。
そろそろ消灯しようかという頃合、
小屋の扉が極々小さな音を立てた。
カッという感じの、
鋭い物が木に突き立つような音だった。
一番の年長者が扉に寄ると、
何も言わずにしっかりと戸締まりをする。
皆が平然としていたので、
彼女もそれ以上奇異には思わず、寝入ったという。
夜が明けて、
顔を洗おうと彼女が扉を開けると、
そこには異様な物があった。
数え切れない程の釣り針が、
扉の表に食い込んでいたのだ。
釣り針からには黒い糸が結ばれており、
延々と山の中へ伸びている。
端がどこに繋がっているのかなど到底見えない。
あまりのことに彼女が扉前で突っ立っていると、
他の者も集まってきた。
「おや、昨夜は仰山来よったな」
「山ン中に獲物が少ないのかもしれんね」
誰も驚かず、
普通にそんな会話など交わしている。
事情がわからないのは
彼女一人のようだった。
「この山には昔から、
物騒な女が居てね。
動物を針で引っ掛けてさ、
山の奥へ連れて行くんだ」
内一人がそう教えてくれた。
「見てごらん」
そう言って黒糸を指差す。
指摘されて、
初めて気が付いた。
黒い糸は、
すべて人の髪の毛を結わえて
作られた物だった。
出立前に一人が鉈を持ってくると、
黒糸をぶちぶち切断した。
引き抜いた釣り針とは別にして、
麓でゴミとして処理するのだという。
彼女は怖れをなしたが、
あくまでも他の皆は
普通に振舞っている。
結局それ以上、
変わったことは起こらなかったらしい。
「これって、山姥みたいな存在だったのかなぁ」
彼女はそう不思議そうな顔をしていた。
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